下町の顔 | FACE |
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第17回 『"奪還"不屈の精神で』 |
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蓮池 透さん |
冷たい北風が吹いた銀座の夜。取材場所に決められた喫茶店の個室に急ぎました。銀座名物の柳の細い枝が風のままに揺れていました。重い命題。下調べをしては来たものの、蓮池さんの思いに寄り添えるのかと少し不安。お忙しい身の蓮池さん。定刻より少し遅れての取材となりました。 1.原動力は『怒り』 ★下町探偵団のサイトは江東区を中心に地域で市民活動をしています。蓮池さんが私たちとおなじ江東区の区民という事で、何かお力になれることがあるかもしれないと思っています。テーマが大きすぎるかもしれませんが、拉致の話からまず入りたいのですがよろしいでしょうか? はい。 ★薫さんが帰国された当初は険しい顔だったんですが、あれから一年、最近はなんとなく顔が和らいできた印象で、日本に慣れられてかなぁと思うのですが、最近の様子はいかがですか? 一見平静には見えますが心の中はおだやかではないですよね。子供が全ての生活をしてきたのに、もう一年以上も子供がそばにいないでしょ。弟は精神力が強靭だなぁと思います。政府を信頼して待つと言っていますが、心の中では政府への不満とか不信感とか充満しているでしょうね。北朝鮮への怒りもあるでしょう。また北朝鮮の呪縛みたいなものがあって、なかなかそのようなことを表に出さないものだから、一般の人には、もう平気そうに見えるような誤解が生まれるのだと思いますね。 本当の気持ちというのは切羽詰ってもう待てないところまで来ていると思いますが、それを見せると北に弱みを見せることになるし、かと言って、北を刺激するのも嫌だし。そういう狭間で気持ちが揺れているということだと思いますよ。日本に慣れてというのも変な話で、もともと日本人ですからね。最初は向こうの圧力にがんじがらめになっていてそれが元に戻ったということだけですから。歯痒い思いで毎日を過ごしていると思いますよ。 ★拉致された方々にずっとかかわってきて、透さん自身のこの一年間の心境はいかがですか? 彼等も家族の我々も辛いですよ。それこそ4半世紀待たされたて、その上まだ待たされるのか、という気持ちです。我々の我慢にも限度がありますが、本人がああやって強い精神力で耐えていますから。それを我々がくじけていてはしょうがないと思っていますが。 ★薫さんはもともと辛抱強い性格なのですか? だからその、自分の人生というのは日本で暮らすことですよね。それを奪いとられたわけですから自分の人生というのはないわけですよ。日本に帰るのはあきらめたといっていましたからね。自分の人生を投げ捨てているわけですよ。 ★一種、洗脳に近いのでしょうかね? いや、洗脳じゃないと思いますよ。それは自分でどうやって生きていくかということで、日本はもう助けにきてくれないし、その国で自分たちは日本に帰ると言ったら死ぬしかないわけです。死んでしまったら終わりだと。そのような思考回路が働いて、じゃ生きていくためにはどうするのだと。北の言いなりになってやるしかないと。私も最初は洗脳かと思いましたが、それはありえないと思います。彼らは向こうでサバイバル生活をしてきたと、とらえてもらいたいです。 ★何かの資料で、弟は人間が変わってしまったのではないかと初めは思ったが、そういう風にしなければならず、そういう振りをしていたのではないかと、書かれてありましたがやはりそうなのですね。 北の言いなりになっても、どこかに日本人としてのアイディンティを残していた。それを捨ててしまったらもう日本という国に対する愛着も何もないですから。自分が日本人だったということは言えなかったけれども体のどこかにはしっかり残していた。芯は日本人で体の殻として北朝鮮をかぶっていたと。 ★すごい精神力ですよね。 私もすごいと思いますよ。普通だったらこんなに一年以上も子供と離されて、非人権的な事をやられていたら発狂する人もいると思います。発狂するか自殺するか、または北朝鮮に戻っちゃうか。戻れば戻ったなりに何かやられてしまうのは目に見えているからそれはしないでしょうけれども。 2.冷たい国日本
★薫さんもすごい精神力だと思うのですが、透さんもすごいと思います。ご両親も水死体になってないかと竹ざおで海をさらえたとか? うちだけではないと思いますよ。皆さんも非現実的な目にあったらそうすると思いますよ。また、おなじ目にあうのですよ。この国にいる限り。誰にでもその危険性はあったと思うし、まだその危険性は残っていると思いますよ。だからそういうことは我々が運が悪かったといわれればまあそういうことなのですが、私としては運が悪い特別な家族被害者としては見て欲しくないですね。皆さんにも降りかかってくるかもしれない危機意識というか当事者意識というものを、きちんと持ってもらいたいですね。 本当にね、運が悪くて片田舎から北に連れて行かれたんだと特別視しないで、自分の身にも起こりうるかもしれないという目で見て欲しいです。東京にいたって拉致された可能性だって、事実そういう事だってあったはずだし、決して人事だととらえてはいけないと思いますよ。だから去年の9月以降、拉致の疑いがあると申し出ている人がかなりたくさんいるわけですからね。それが全員の方かどうかもわかりませんが一割としてもそうとうな数の人がいるわけですから。日本の国として威信にかけて解決をしなければならない問題であると思っています。私の原動力というのは怒りでしかないですから。こういう国で(日本が)あっていいのかという怒りで動いています。 ★「奪還」の本に二つの国に対して闘っているというくだりがありましたが、特に日本の政府に対して、特に矛盾を感じたこととかはありますか? 88年にアベックの失踪が北朝鮮拉致の疑い濃厚であると、国会で答弁がなされているわけですよ。当時の国家公安委員長梶山清六さんがね。それにもかかわらず、臭いものには蓋式で全然手をつけてこなかったわけです。拉致されて三年目にも工作機関が日本で犯行をした疑いがあると、産経新聞がきちんと書いている。マスコミも後追いしない。政府だって警察庁だって何らかの情報はつかんでいるはずですよ。 政府側も政治家も北朝鮮にはアンタッチャブルという共通認識というものがあったと思うのですよね。そういうのが許せないですよ。それがずるずるずるずるとここまで来てしまった無念さというものがありますね。 ★日本人の悪い体質ですかね。 だから北朝鮮、中国、韓国に対しては弱い。まあどこに対しても弱いけれども、とくに北朝鮮に対しては触れてはいけないみたいなところがあったと思う。その体質がずっと続いていると思う。北朝鮮に何かされてもこちらから反論しないし、厳重抗議もしないし、国連で拉致とは言ったけれど、反論されても再反論しないわけですよね。拉致問題は終わったとか、子供を日本に返せということは不条理だとか不合理だとかいっているわけでしょ。あっちは。そういう国に対して何も物が言えない。もう本当に腹が立ちますよね。国家主権が侵害されているのですよ。日本人の命と財産を守ろうって気持ちが全くない。何のため税金を納めているのかと言ったら、生命と安全を保障してもらうためでしょう。それを守れないような国は国家ではないと私は思ってます。これは本当におかしい。 ★とにかく政府がやってくれなければどうしようもないわけですよね。 そうですよ。だから我々はよく「えらそうなことを言うな」と言われていますが、別に政策に口を出しているわけでもなんでもないですよ。我々は政府がきちんとした方針や政策戦略があるのなら我々にきちんと提示して欲しいと言っているんです。日本国政府として北朝鮮に対して厳重抗議をして、さもなければ圧力をかけますよということを一回も言ったことがないでしょう。政府に方針がないということは国民の目もだんだんこちらを向かなくなる。 我々が恐れているのはこの問題に対する風化です。政府の態度があきらめムードを醸成している。総理がもっときちんと方針を出すべき。例えば経済制裁。あっちの国に圧力になるような材料を作ってください、と訴えているわけですよ。武力行使せよと言っているわけではないですよ。対話じゃ通じない相手だというのはもう歴史が証明していますよ。 ★透さんの中での拉致問題のゴールをうかがっていいですか? そりゃ全員取り返すまでゴールではないですよ。 ★13人じゃなくとも? そりゃ解かりませんよ。当面は10件15人と言われていますからね。私は家族会の事務局長をやっていますから、その子供たちがいれば全員奪還するまでがゴールだと思っています。全員帰ってこなければ国の威信は失われるでしょう。悪を堂々と許す国になりますよ。この国が正義を裏切るようでしたら、この国は滅亡するしかないですよ。そのような大きな問題をはらんでいると思います。とにかく拉致されたかもしれない人たちをきちんと捜査する機関がこの国にはないんですよ。相談窓口すらなくてボランティアがやっている。おっかしな話です。それですから、救う会のほうで『特定失踪者問題調査会』というボランティア組織が分離してできたんです。本来だったら国の組織があっていいはずでしょう。ほっぽらかし。こんな冷たい国家はないです。 ★蓮池さんがお考えになっていらっしゃる範囲でいいのですが、どうして政府は動かないと思われますか? まあそれは日本が向こうに何か弱みを握られているのか、何かの力が働いているのではないですか。よくわかりませんけれどもね。 |
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