下町の顔 | FACE |
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第7回 『江東区唯一のすだれ屋さん』 |
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(有)豊田すだれ店 社長
豊田 勇さん |
江戸の伝統的な技能の一つである『すだれ』は、マンションが多くなった都会ではもうあまり見ることはなくなりましたが、歌舞伎舞台や、料亭の建具とプラスした簾戸などに、その粋が脈々と継がれています。新大橋の袂、新大橋通りと一つ目通りが交差する角の『豊田スダレ店』を訪ねました。 1.日本人のあいまいさに合っているかもしれない
すだれは日本が始まってからあると思います。簣(す)ってあるでしょ。魚を取るもので竹やあしを糸で編んだものです。それを窓に垂らしたから"すだれ"と言いますね。飛鳥時代から、明かり取りの外に掛けていた。その後、平安時代頃から部屋の中の装飾品、あるいは間仕切りに使うようになったんですね。宮中で使う場合を御簾と言います。日本は高温多湿ですから、開け放しにして風を入れるのに都合がいいですからね。それからすだれの、隠れる様で薄っすら見える、外だか内だか分からないという曖昧さが日本人にあっていたんだ、と言った人もいましたね。 ★それは名言ですね? そうですね。イエスでもないノーでもない、という日本人の気性にもあってますね。 ★外掛けすだれと座敷すだれという言葉があるんですが、どのように違うのですか? 座敷すだれは部屋と部屋との間仕切りで華奢なものですね。その分、技巧をこらして下地窓にするとか建具の中に入れるとかします。外掛けというのは風雨にさらされるから頑丈なものですね。 ★例えば良いすだれと悪いすだれの違いなんてのはありますか? 外掛けは雨ざらしになりますから。色がすぐに変わっても丈夫がいいです。ただ料理屋さんのように、毎年替える外掛けは、見た目がよければそれほど丈夫さはなくてもいい場合もあります。家の中は吊り下げていて圧迫感のないものですから、細くて華奢なものになりますね。かかっているなぁと感じさせないものがいいですね。 ★最近は日本家屋が減ってきていますね。洋風家屋にはブラインドということになるのですがそのあたりはどうですか? ブラインドはもともとすだれが見本だったんですね。でもマンションの無機質なコンクリートには合わない。イメージが"汚い"という風になるんですね。 ★マンションが多い都会では需要が減っているということですね? 減ってますね。ですから都内では5.6軒です。しかもそれぞれの店に特徴がある。小物とかブラインド風、カーテンすだれ、特異分野だけが残っているということでしょうかね。昔この辺りは浜町、吉町、柳橋、と料亭さんが多いですから、うちは料亭さんからの注文も多かったですね。それからお芝居関係も長くやっていますね。
★お芝居用のすだれを作っているのはここ一箇所だけなんですか? うちだけですね。あれはね、手で割った竹籤ですだれを作るんですよ。だから竹磨き・竹割が上手くないと駄目なんですよ。うちのおじいさんは上手でしたね。舞台では、すだれの陰から役者の所作を見ながら長唄を歌ったり、お囃子をしたりするんですね。舞台の下手上手あるいは定式の御簾という竹のすだれがかけてあります。 ★芝居用のすだれは、ほかのものに比べると難しいのですか? 遠目がよくないと駄目ということかな。周りには必ず布切れを太めに目立つようにつけますね。西陣織の布をね。 ★舞台用のすだれは技術的には難しいのですか? 技術的に難しいということはないですけど、芝居の知識がうんとないと駄目ですね。例えば、30年前に親父が死んで私がそのあとを受け継いだときに失敗をしたことがありますね。知識がなかったものだから。「出し物が大蔵卿だからね」って言われて。その芝居は3枚3枚のすだれの真ん中から役者が出てくるのが見せ所で、6枚で仕上げるもの。でも間口の寸法から5枚が常識ですからね。5枚でやった。そしたら「何やってんだよ!歌舞伎を観に来てくれよ、役者が出られなくてウロウロしているぞ」ってえらく怒られましたね。それから役者さんによって見栄のきり方が違うんです。手を上げて見栄を切る役者さんにはすだれは短くないといけない。手がくっついてしまいますからね。義経千本桜みたいなものは横に手を広げて見得を切りますね。欄干のところを上がって。それを知っていないといけないですね。役者によって、すだれを作り分けたりもしなければいけないから、難しいと言えば難しいかもしれませんね。 ★ところで業界として景気はどうですか? 先細りですね。ただ全くなくなってしまうということはないと思いますが……最後に少しは残るでしょうね。ただ、周りから、材料を作ってくれる人がいなくなるとどうでしょうかね。お座敷のすだれなどは房もつけるのですが、房を作る人もいなくなると……先細りですかね。 |
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