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第19回
「さよならの代わりに」

著者貫井徳郎
価格1600円
出版幻冬舎
発行年2004年

 中学時代は演劇部に入っていた。役になりきるというのはなかなか面白く、また観客の反応を見るのも楽しかった。今では舞台に立つことは出来ないが、テレビドラマは役者や脚本家をみて、気に入ったのは見るようにしている。だがスポーツ観戦と同じで、演じるのと見るのでは大違いで、役者の醍醐味は味わうことは出来ない。

 今回の「さよならの代わりに」は演劇がバックになっているミステリーだ。
本にかかっている帯の「『またね』、その凛とした別れの言葉の切実さに、涙がこぼれました。」というコピーに引かれて手に取った。本は中身も勿論大切だが、帯や表紙のデザインも重要で、思わず目を引かれて買ってしまうということもよくある

主人公は和希という劇団員とその劇団のおっかけの祐里という少女。
物語は二年後のプロローグから始まっている。女友達との会話に二年くらい前にいた、変わったことをいう女の子の話題が出てくる。この女の子がおっかけの祐里だと気がつくのは三分の一くらい読み進んだところ。ご承知のようにミステリーは推理しながら読むのだが、私は推理が当たったためしがない。
劇団の看板女優が殺され、その愛人である劇団の主宰者が容疑者として逮捕される。真犯人は誰か。この真犯人を探すのに祐里が大きな役割を果たすことになる。探偵でもない少女がどうやって探すのか。しがない劇団員と追っかけの少女では探しようがない。ところが、彼女は未来からやってきたのだ。だから、当然事件が起きること知っている。ならば真犯人を探すことも容易なのではないか。だが真犯人が捕まれば歴史は変わってしまうことになる。

未来からやってきた者が歴史を変えることは可能なのだろうか。このテーマは宮部みゆきも「蒲生邸事件」という作品で、タイムトラベラーが2.26事件以後の日本の戦争への道を止められるか否かを扱っている。また、かわぐちかいじも「ジパング」という劇画で太平洋戦争にタイムスリップした海上自衛隊のイージス艦が、歴史を書き換えることが出来るのかというテーマに挑戦している。

未来からやってきたと言われて、あなたは信じることは出来るだろうか。
和希と祐里のやり取りが面白い。
「それが本当のことなら、どんなに突飛な話でも信じるし、もしもっともらしくても実は嘘なら、怒る。そういうもんでしょ」
「どんなに突飛な話でも信じる、って、ホント?嘘つかない?」
現実に目に見える証拠があって信じるというのは誤りだ。目に見えないからこそ、信じるのだ。祐里の場合も未来から持ってきた品物があるわけではない。彼女の話だけだ。
和希は彼女を信じる気持ちが強いと言って次のように語っている。
「この時代には知り合いが一人もいなくて、ひとりぼっちだって。キミが自分で言うように本当に未来から来たなら、確かにそのとおりだよな。自分だったら耐えられないと思うんだよ。もし自分が同じ立場だったら、誰かに助けて欲しい。力を貸して欲しい。そんな人が一人でもいたら、それだけで救われる思いがするよ。きっと。だからね、ぼくはキミのことが放っておけないんだ」
祐里の友人は異口同音に未来から来たなんてと一笑に付すのだが、彼は信じる。

 彼女の願いは叶うのか。
「あたしの経験したことは、どうやったって変えられない。つまり未来は変えられないということ」
「あたしは自分がどういう行動をして失敗したか、わかっていた。だからそれとは違うやり方をすれば、未来は変えられるかもしれないって考えた。あたしは可能性に賭けて、チャレンジしてみたのよ」
彼女は時間を遡ってタイムスリップしていたので、未来に起こる出来事をインターネット上のファイルに保存してみていたのだ。

彼女は祖父の無実を晴らすべく過去へやってきたが、歴史は変えることは出来なかった。
そんな歴史は変えたほうがいいと和希はいう。
それに対して彼女は
「変わってほしくないことがひとつだけあったんだ。あたしの変わりに誰かが・・・和希クンが死んだりするのは、どうしてもいやだった。そこだけは、絶対に変えたくなかったんだよ」

彼女は最後のタイムスリップで、和希を守って真犯人に刺されて死んでしまう。
だからこそもう一度読み返すと、死ぬとわかっている祐里の台詞やしぐさのひとつひとつがが印象深い。
東京ドームシティーにデートする場面は涙を誘う。
「せっかくだから写真でも撮ろうか」と彼が言うと、
「でも、あたしどうせいなくなるんだから、思い出なんて残さない方がいいよ」

最後の場面では
「さよなら、とは言わないよ。だってこれで和希クンとはお別れじゃないから。あたしは一度自分の時代に戻ってから、また過去に行く。和希クンに会いに行く。そのときはわざと躓いた振りをして、腕にしがみついてあげるからね」
「何だよ・・・、あれも演技だったのか」
「またね」
彼女自身も役者だったのだ。

「信じること」のすばらしさと「可能性に賭けて挑戦すること」の大切さを教えてくれた彼女にいつかまた会えると信じている。

2004/5/4