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第13回
「卒業」

著者重松清
価格1900円
出版新潮社
発行年2004年

 大学生のときは、いろいろな活動をしていた。問題が生じて、行動が停滞し落ち込んでいるときは「いつも後ろで旗を振って応援しているみんながいるんだよ」と励ましてくれる仲間がいた。
卒業してからもこの言葉に励まされ、学生時代の仲間の期待を裏切るまいと心に誓っている。

 今回紹介する作品は4つの短編からなっている。
最初の作品の「まゆみのマーチ」は登校拒否の男子のいる男性とその妹の物語。
その妹は子どもの頃、所かまわず歌いだすという癖があった。入学式でも授業中でも。
当然授業が妨害される。同級生の親からは苦情が来る。「家の子どもが勉強に集中できないので、何とかしてください」。担任は妹のまゆみの親を呼ぶ。でも直らない。兄は優秀なのに、どうしてと担任は頭を悩ませ、とった行動はマスクをさせるということだった。
おかげでまゆみは歌わなくなり、授業も平静にもどる。
ところがこのマスクでまゆみの口の周りは赤くただれるようになってしまう。
母は「ひとに迷惑をかけるんは、そげん悪いことですか?」と担任に問いただす。

 連合赤軍による『浅間山荘事件』から、ひとに迷惑をかけないような人間になるというのが親の教育目標になった。確かにもっともらしい。だがこの考えの裏には自分さえよければという利己主義がのぞいている。
障害児との統合教育が叫ばれたときも「障害児は養護学校で専門的な教育をうけさせるべきだ」という裏には健常児の授業を妨げられたくはないという考えがあった。

まゆみの母はしっかりと娘を受け入れていた。息子もこの母に学んで登校拒否のわが子とともに歩む。

 次の作品は「あおげば尊し」というかって校長だった父の最期を通して、一人の中学生
が死について学ぶ。
 誰も教え子が見舞いに来ないという冷徹な事実の中で、自らも教師の息子が、教え子に父を教材に課外授業をする。核家族の中で、死に直面することがない生徒たちに強烈な衝撃を与える。
もちろん学校の内外から非難が多く、一人の生徒を除いてこの課外授業は終わる。そしてこの生徒は誰よりも死について関心を寄せる子どもだった。

言葉を発することない元教師と父を失った少年の授業が静謐に語られる。
最後の場面で、来ない筈の教え子が葬儀にいた。
「先生!」
元教師は最期まで先生だった。

 3作目の「卒業」は自殺した親友の娘との交流を描く。
まだ見ぬ子を残して自殺した父。その父のことを知りたくて亜弥は現れた。
父のお墓と題したHPまで開設していた少女。
そんな少女が主人公と父の命日に自殺した場所で夜空を見つめ
「身勝手で、弱くて・・・・うまれかわったら、ちゃんとやってよ、おとうさん・・・」
聞こえたか?
聞いてくれたか? 
主人公でなくても背筋がしゃんと伸びる。

 最期の作品は「追伸」は母がテーマだ。
幼いときにガンで死んだ母の残した日記。
父が再婚しても、その日記の中に母は生きている。後妻を母と呼べない主人公。
この後妻とのやり取りが激しい。日記に自ら一筆入れた後妻に対して、そんな日記は母の日記ではないとつき返す主人公。

「けいちゃん、お母さんは天国に行ってからもずっとけいちゃんのお母さんです。」
この日記の最後の言葉は主人公をとらえて離さない。
死してもなお母であり続けたいという執念。痛いほどわかる。
母の愛は子どもの手に降り注ぐ熱湯を、自らの手で受け止めるようなものだという。

 後妻が破いた日記を自ら書き写して、最後に「追伸 敬一くん わたしも天国に行ってからもずっと敬一くんの母親です。」とあるのを主人公が読む。
敬一が成人してからも「お母さん」と呼ばれることのなかった後妻の最後の願い。
その願いを受け止めてはじめて、敬一は母との葛藤から卒業した。

母なる存在は永遠なるもの。
卒業することのない存在なのかもしれない。

2004/3/17