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第9回
「倒産社長の告白」

著者三浦紀夫
価格1400円
出版草思社
発行年2003年

「えいしん」の愛称で呼ばれた旧永代信用組合はかって東京江東区では最も親しみのあった金融機関であった。
 子どもの頃、家にはよく「えいしん」のおじさんが来ていた。二階に上がって、お茶を飲んでいくのが常であった。

 今回の作品はその「えいしん」の破綻が引き金になって倒産した編集制作会社の社長の告白である。
読んでみてはじめて判ったことだが、知人のご主人も登場している。それだけ、「えいしん」の破綻は地元にとって、身近な問題であった。

物語は倒産まで後十日に迫ったところから始まる。
もはや再建の道も閉ざされ、会社に出社することも不可能になっている。もちろん、お世話になった出入り業者(債権者)にお詫びも出来ない。支払いの口約束をしないためだという。当然債権者は怒るだろう。しかし、もはや社長には何も出来ないのだ。
これは今日まで信じて取引してくれた出入り業者に対する裏切り行為ではないだろうか。

 どうして倒産したのか。この会社の場合は作者の前任社長による成長戦略が実をむすばなかった為であった。そして、お決まりのコースは融通手形の発行、市中金融だ。年商7億の会社が200万円ずつ、市中金融から借りまくる。保証人に会社の役員もなる。
作者の場合は最終的に、妻や岳父、弟、知人にいたるまで保証人や担保提供、資金提供させられていた。

 子ども頃、近くの同業者が生卵を持って訪ねてきた。うちに来るのは初めてで、どうして来たのか不思議だった。あとで母に尋ねると「お金を借りにきたんだよ」と教えてくれた。そのあとすぐに、その業者は夜逃げをしたと聞かされた。これが私の倒産に初めて接した経験だった。この後も何回かめったに来ない人が訪ねてきたことがあったが、みな直後に倒産した。

あらゆる手立てを尽くし、会社は立ち直ったかに見えたのが1990年。だが資産のない売り上げ5億円の会社が実は3億5千万円の債務超過だったのである。すでにバブルは崩壊し、売り上げも下降していくなかで市中金融への返済もしていかなければならない。
まさに作者は綱渡りのような経営を強いられる。

 小渕内閣の「中小企業特別経営安定化制度」に支えられ、何とか一息ついたのもつかぬ間、源泉税と消費税の数年にわたる滞納で売掛金が差し押さえられそうになる。
やっと分割納税が認められるが、もう会社は社員12名の規模まで縮小されていた。

 そして2002年の永代信用組合の破綻によって、止めを刺される。おまけにナンバー2の常務による裏切り。
「会社が倒産寸前の状態になった最大の責任は、当然社長にある。では、社長だけが悪いのか。会社のナンバー2としていっしょに経営に当たってきた責任はまったくないのか。売り上げが急落したことに対する責任はないのか。」
これは法的には正しい。だが「私に全ての責任があります」と号泣した山一證券の社長と比較すると、問題がのこる。
なぜか。「敗軍の将、兵を語らず」と言われるように、今後の本人のためなどと理屈を言って指弾することはすべきではないと思う。

作者は終章で「会社をつぶしたくらいで死ねますか」と言っている。
と言うことは死ぬ気で会社経営にあたっていたことにもならないのではないか。
会社を倒産させて、何の恩返しができのるのか。
この作者には企業倫理(コーポレート・ガバナンス)のかけらもない

先日友人と話していて、友人への貸し金の話になった。私は友人にお金を借りてまで会社を存続させようとは思わないと言った。なぜなら、ひとたびお金を借りれば友情を破壊することになると思うからだ。そして、それは自分自身をも破壊していく。
「経営とは人格の完成である」と言われるが、倒産は人格の崩壊といえないだろうか。

2004/2/17