清澄カフェを始めて早や１カ月、ランチタイムはお席が埋まるものの夜はさっぱりで、売上げ的には厳しい状況である。素人が始めて1カ月で結果が出るわけはないのだが、商売というものはなかなか難しいものだ。それでも日々多くの学びがあり楽しくやっているといったところだが、その理由はいたって明白、常に音楽と一緒にいられるからである。これまでは仕事をしている間は音楽が聞ける環境にはなかったので、音楽を耳にする時間が一気に増えた。音楽好きにとってこれが何を意味するか、音楽夜話の読者諸兄にわざわざ説明するまでもあるまい。経営者としての様々なプレッシャーもなんの、日々楽しくてしょうがない。

ランチタイム過ぎまでは、レコードをひっくり返している余裕がないので、アナログ・レコードにできるのは昼過ぎからである。最近はまずサム・スミスあたりから入るが、フュージョン系の軽いものから入ることも多い。夕方はしっかりとロックを聴き、夜はジャズが多くなるといった傾向である。夜はそんなにお客様が入っていることがないので、いらっしゃれば好みを訊いてかけることも多く、まちまちといったところなのだ。意外にジャズがお好きな方は多いが、昔ながらのジャズ喫茶のような敷居の高さはないからか、「何かジャズ・ピアノのお勧めはないですか」というようなリクエストを受けることが嬉しくもある。

一日中結構なボリュームで音楽を聴き続けるというのは疲れることでもあるが、少しボリュームを落として、軽めのジャズを流していることの何と心地よいことか。こういった音楽に疲れを癒す効果がこれほどあるとはこれまで体験していなかった。先日購入したサックス、オルガン、ドラムスのトリオ「ブリチャー・ヘマー・ガッド」はまさにツボを突いてきた。スティーヴ・ガッドの安定感に満ち満ちたドラムスの上を、ミカエル・ブリチャーのサックスとフルートが泳ぎ回る様は、これまでになかったテイストだ。ダン・ハマーのオルガンも実に堅実で、ジミー・スミス等の突き刺さってくるものとは全く違う。極上のソウル・ジャズといったテイストの音だ。ラストの「ニュー・オリンズ」など、ついもう一度聴きたくなって仕方がない。

飲食店というものは、閉店時間で終わるものではない。翌日の仕込みなどは、日中の手が空いた時間に手早くやるものだが、閉店後はパソコン等でいうところのデフォルトの状態、基本形に戻す作業が待っている。なんのことはない、お掃除だ。自宅では数年に一度の大掃除と言ってもいいレベルの作業を毎日やるのである。コンロも毎日解体して、油に強い洗剤を使って洗い上げるのである。たまには焼きも入れるべきというが、開店１カ月なので、まだそこまではいかない。匂いが出ないように徹底的に掃除するのである。油汚れは特に要注意といったところだ。途中まではスタッフも一緒にいるが、最後は自分ひとりになる。このタイミングで換気扇を止め、他人様がいてはかけ難い類の音楽に変えるのである。実は毎日のこの時間も密かな楽しみになっているのである。

要するにフリージャズやプログレッシヴ・ロックの類である。何枚か好きな盤を持ち込んであるのだが、目ざとく見つけたお客様が、「これ、カフェでかけるんですか？」と訊かれたことが、この１カ月で２度ほどある。やはり個人的な楽しみに止めておくべきものらしい。訊かれたのはアルバート・アイラーとキング・クリムゾンである。どちらも一時期ハマった盤だが、絶対に他人には薦めない。一昨日は「キング・クリムゾンはありますか？」というリクエストがお客様からあったので、セカンド・アルバムの「キャット・フード」や「ポセイドンの目覚め」をかけることになったが、普段はかけない。業務終了後のお楽しみ専用である。