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下町音楽夜話

◆第350曲◆ リード・アス


2009.3.7

丸の内のコットンクラブで、レベッカ・マーティンのライヴを観てきた。実に貴重なライヴを観ることができたと思ったものだ。そもそも、ジェシー・ハリスと組んでいたワンス・ブルーの知名度がほとんどない日本で、彼女のことを知っている人間がどれだけいるのか分からないが、意外なほど客席は埋まっていた。自分はレベッカ・マーティンのヴォーカルが大好きで、彼女に関連する音源は全て集めている。ゲストとして参加していたポール・モチアンのアルバムも、彼女がお目当てで購入した。ジャズ周辺の世界において、現在最も人気があるであろうノラ・ジョーンズあたりと比べても、決して負けてはいない実力の持ち主であると評価している。

今回の来日公演で、何が嬉しいかというと、ご主人のラリー・グレナディアが同行しているのだ。パット・メセニー、ブラッド・メルドー、ジョン・スコフィールド、ビル・スチュアート等のバックアップを務めるベーシストであり、最近は自己のバンドであるフライを、盟友ジェフ・バラードらと立ち上げ、超多忙の極みにあるであろうファースト・コールの一人である。よくぞその忙しいはずのダンナを連れてきてくれたものだが、案の定、数日後にはサントリーホールでブラッド・メルドー・トリオのライヴが組まれている。ここは一つ、お仲間連中みんなで来日し、一稼ぎといったところらしい。それにしても、スケジュール調整の中心がラリー・グレナディアのほうにあるようで面白い。

何はともあれ、そのおかげで、現代ニュー・ヨークのジャズシーンをリードする新進気鋭の豪華メンバーが揃ってご登場とあいなった訳だ。何せギターはカート・ローゼンウィンケルだ。レベッカ・マーティンの最新盤「グロウイング・シーズン(実りゆく季節)」ではギターのみにとどまらず、プロデューサーやエンジニアとしてもクレジットされている。まさに全面的バックアップという状態だ。同盤のドラムスは、超売れっ子ドラマーのブライアン・ブレイドなので、連れてこいという方が無理だ。今回連れてきたドラマーは、ダン・リーザーである。ノラ・ジョーンズのお仲間バンド、リトル・ウィリーズのドラマーであり、これまた気鋭のエイモス・リーのアルバムにもフィーチャーされている。まだリーダー作をリリースしてはいないが、近い将来、そういったチャンスが訪れて当然とも思える前途有望なドラマーだ。とにかく、ニュー・ヨークであれば、誰がリーダーであれ、コットンクラブ程度の大きさのハコを満席にするようなメンバーを揃えての来日だ。これで期待しないわけがない。正直なところ、主役のレベッカ・マーティンがいちばんマイナーなのだ。

ライヴ当日は土曜日で、いつものように少し早めに出かけて丸ビルで遊んでから、余裕をもって入店した。前日がエリック・クラプトンの武道館公演で連日になってしまったのだが、自己陶酔気味のブルース・ナンバーばかり演奏するエリック・クラプトンに少々めげていただけに、もう大きなホールのライヴよりも、ジャズクラブなんぞで飲みながら楽しめるものの方が好ましいという気分になっていた。何せステージの近さが嬉しい。演奏者のやり取りや、細かい音へのこだわりまでが見てとれる。ホール・コンサートと比べれば、圧倒的に楽しめるのだ。

とはいえ、レベッカ・マーティンのステージに、100%満足したわけではない。自分は彼女の1枚前のアルバム、2004年にリリースされた「ピープル・ビヘイヴ・ライク・バラッズ」という盤の1曲目「リード・アス」という曲が大好きなのだ。しかし当日のステージでは、残念ながらこの曲は演奏してくれなかった。コットンクラブでは、以前にリッキー・リー・ジョーンズを観たときも、大ヒット曲「恋するチャック」をやらなかったことがあり、クラブでの限られた時間のステージでは、選曲に関しては期待しないほうがよいのだ。「やっぱりネエ。」といったところなのだが、残念は残念である。それでも、素のラリー・グレナディアが観られたことや、ただ者ではないと噂のカート・ローゼンウィンケルの演奏を、数メートルの距離から観ることができたのだ。贅沢は言えまい。

レベッカ・マーティンに関しては、ギターを弾きながら歌うスタイルなので、どの程度ヴォーカルに集中できるのか疑問に思わなくもなかったのだが、やはりフォーキーな世界からジャズ寄りに音楽性を変化させてきた人間だけに、全く問題なかった。むしろ1曲1曲必ずチューニングすることに結構な時間を割く人で、むしろそのことが流れを阻害していたようにも思えた。ヴォーカルに関しては、独特の世界を持っており、いきなりヴォーカルから入ってくる曲などは、ミュージカルのソロ・パートでも観ているような印象を持った。かなり複雑な特有のコードを使う人でもあり、ライヴで歌いこなせるのかどうか心配だったが、全然問題なかったようだ。終わってみれば、意外なほど統一感のあるステージで、選曲に関しても、正しい選択だったと言うべきなのだろう。

最新盤「グロウイング・シーズン」は、前作よりもジャジーな要素は薄れでしまったが、個性的なメロディは健在で、印象に残る曲が多い。さすがにジャズ系シンガー・ソングライターのはしりともいえる人のアルバムだけに、すべて自作曲であり、アルバムの個性は強いが、反面バラエティに乏しい構成とも言える。そのあたりが難しいところで、どうしても傾向が似ているノラ・ジョーンズと比較してしまうのだが、ノラ・ジョーンズは反対にあれこれやりすぎており、的が絞れないために、ファーストやセカンド・アルバムのほうがよかったと思ってしまう今日この頃なのである。こういった部分はプロデューサーの力量なのかもしれないが、才能のある、ミュージシャンは自分でプロデュースしたがる傾向もあり、重要なはずのバランス感覚は、軽く見られているように思える。今回のような新盤のプロモーションとしての来日公演では、新盤のアルバム・カラーが反映されてしかるべきであり、いたし方ないのだ。

政治も経済もボロボロといった情勢の中、自分を見失いそうな年度末のあわただしさがかえって嬉しかったりもする。花粉症の不快さを忘れられるからだ。結局、忙しくしていることが、最も不快さを忘れさせてくれることになるのだ。それに加えて、レベッカ・マーティンの心温まるヴォーカルに身を委ねていた間は、実に快適に過ごせたので、音楽に集中するのも悪くはないらしい。目頭が熱くなるほど感動したというわけでもないが、何等かの効果はあったように思うのだ。しかし、花粉対策として自分たちの音楽を聴かれても、あまり嬉しくはないかもしれない。正直なところ、何を聴くと最も目のかゆみが治まるか研究したいほどなのだが、おそらく理解はしてもらえまい。


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