下町探偵団ロゴ万談ロゴ下町探偵団ハンコ
東京下町Sエリアに関連のある掲示板、コラム・エッセイなどのページ
 トップぶらりグルメくらしイベント交通万談 リンク 

 
第6回『出島・海風・新川界隈』 2004/6/1
絵をクリックすると拡大版がご覧になれます

絵の拡大版はこちら
お化けの話になったのは、それから200年後、作家の鶴屋南北が、実際にあった、めかけと家臣の密通事件を土台にして、田宮家の隣家のお梅が伊右衛門に横恋慕して、お岩に毒を盛り、悲惨な顔になった於岩がお化けになって出てくるという、ホラー物に仕立て上げたからなのですね。歌舞伎の台本となって「東海道四谷怪談」として上演をされて尾上家の当たり役となりました。於岩稲荷田宮神社。於岩さんはどう思っているのでしょうね。ひっそりとあります。四谷左門町にあった於岩稲荷が明治12年に消失して、新川(越前掘)にひとまず移された後、ふたたび四谷左門町に再興。越前掘の方もそのまま残されたいきさつがあります。
絵の拡大版はこちら
この界隈は古い家が多く旧町名を表札にした家「越前掘二丁目二番地」というお宅も見つけました。屋根の下に出ている杭に田村と銘を打った黒塀の家もあります。レトロな雰囲気を楽しめます。菅野さんは古い民家を数点描くために立ち続けています。驚いたことに、葉書サイズに描かれるときはボールペンでした。消して描きなおすことのない絵。
時々降る霧のような雨。ふたたび傘を傾けて。デジカメを持ったカメラマンAさんは素材集のための撮影。通りから通りを抜けて撮影をしているうちにとうとう行方不明に。移動するのにどうしようかと迷っていたら、「どこにいるのぉ」と携帯に電話。便利ですね。こんな時は。

★フカキョンと金城武が……
中央大橋が家々の合間やビルの谷間から見え隠れしているはずですから、それを指標にして、先ほどの道路に戻ります。中央大橋を背中にして歩きましょう。左側に次々と橋が見えてきます。
永代橋から時計回りに橋、中央大橋、南高橋、高橋、亀島橋、新亀島橋、霊岸橋、湊橋、豊海橋とぐるりと回ることになります。距離もそれほどありません。橋の景色に水門や高層ビルが、また漁船がもやわれている風景などが重なっていきますので、楽しみながらまわっていくことができます。橋に行き当たっても渡らないでくださいね。渡らないで右へ右へと回っていけば、またもとの永代橋に戻ってくることができます。
絵の拡大版はこちら
新川二丁目の交差点の左側に見えるのが、「高橋」。この辺りは「夜逃げ屋本舗」の撮影場所です。「高橋」の向こう側にJR八丁堀の駅が見えます。
麒麟麦酒の本社があるのもこの辺り。丸い形のビルです。高橋と亀島橋との間にあります。この近辺の食べ物屋さんにはためいている旗も、やっぱり麒麟麦酒です。アサヒビールなどありませんよぉ(笑)。
関東大震災後、復興は橋からと言われたほど、東京の橋には思い込みが入っているそうです。道なりに橋を見ながら進んでください。霊岸橋まで出てきましたら、この大通りが永代通りです。右に行けば永代橋に戻れます。ここの通りは一時「倒産通り」と呼ばれていました。霊岸橋を渡るとすぐに茅場町の駅がありますが、兜町につながっている証券会社の多い通りです。証券会社がばたばた潰れた時期がありました。それで「倒産通り」あまりありがたくない異名でしょうけれども……。
え〜、最後に撮影場所をもう一つ二つお知らせして今回の散歩のえっせんすを終了します。
「いい人」草薙剛が演じる北野優二が入社したライテックス本社は、霊岸橋交差点より一つ永代橋に寄った交差点角の「アクロス新川ビル」です。草薙剛がこのビルに入っていくシーン、思い出されます。
絵の拡大版はこちら
「神様もう少しだけ」のエイズにかかってしまった少女、フカキョンが金城武と飛び降りたのは中央大橋。それから永代橋の脇にかかる豊海橋ははしごを伏せたような白い橋ですが、ここも撮影によく使われています。

★お昼ご飯は護岸で
そうそう、お昼ご飯は、お弁当屋さんやコンビニなどで調達をして隅田川護岸でピクニックされるのが一番です。潮風、川風、海鳥、巨大なリバーシティビル群、壮観でそして爽快です。お店で食べたい方は平日でしたら、カレー屋さんや無国籍料理屋さんなどがあったようでした。「高橋」の少し手前、新川2−19(鍛冶橋通りに面して)に「新川食堂」という看板が出ていましたので、私たちはそこで。ちょっと狭いですが、好きなおかずを取ってきて食べます。カメラマンAさんはお盆に乗り切らないくらいたくさんおかずを取ってきて……私SORAと画家の菅野さんは、きっとそのおこぼれが来ると(笑)、少なめにおかずを取ってきて……予想は当たり、おこぼれをつつきあって、みんな仲良く満腹となりました。
ではまた。次回は8月にお目にかかります。お元気で。再見!
<<前のページへ