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下町の顔
FACE


★高級、伝統が入ると、庶民的な料理と思ってる分、より辛いですね。
行きたいけど、料亭で敷居が高くてねと言われると、ガックリくるね。料亭じゃないよ。庶民的な店だと思っているのに。
なんかこういった感じの店、減っちゃったせいもあるんだろうけど、確かに値段を思うとショックになる。こっちは、適当にやって庶民的にやってるつもりなんだけどね。
だから、よくうちはたくさんお金を使うから、奥のいい席に入れろって言われることがあるんだけど、私は性格すごく素直なんで(笑)、その隣の若いカップルが茶髪だろうが、ロックギターしょってようが、おとなしそうだったら、そっちを奥に入れたりするんです。
お金使うことではなくて、楽しんでちゃんと行儀よく食べてくれればいいんですよ。
ただね、料金のことだけ言えば、質を落としたりして安くする手はあるんだけれど、やっちゃいけないよね。

ぬきのどじょう鍋
★養殖はやっぱり質が落ちます?
養殖はあまり成功してないですね。
どじょうはデリケートで、農薬にも弱いんです。塩ビのパイプで田んぼと田んぼとつないだらまず生息できないし、小川の護岸をコンクリートにしてしまうと急速が早くて流されて住めない。
昔的な里山的な環境といいますかね、いわゆる田んぼと小川をぐるぐる回りながら一生をおくる魚なんで、そういう昔ながらの農業環境でないと生きられない魚なんですよ。
だから、そういう農村風景がどんどん破壊されて日本の農業が近代化していくにつれて、それに反比例して減っていってますね。

★どじょうにもブランドとか名産地なんてあるんですか?
やせた土地のどじょうは成長するのに時間かかちゃうんで骨が堅くなるんですよ。関東ローム層の豊かな土地に育ったどじょうはいいですね。
新潟は土地はいいのですが、どじょうはなかなか入ってこないですね。地元で消費するのか田中角栄的な近代農法でどじょうはいないのか、三国山脈越えてこちらにきませんね。むしろ信州、甲州のどじょうが入ります。
北海道は固くて食べれないですね。田んぼは多いですが、成長に時間がかかります。米どころ=いい土壌とは限らなかったりしますね。
時代の流れに、土壌自体が影響されている、そういう意味で時代の流れは意識しますね。だからこう21世紀はどうなるのか・・・・

★ところで先代から継ごうとした時の、葛藤とかってありました?
しょうがないですね。継がざる得ない、よくある話です。何代目だから継ぐということではなくて、家業だから。その辺は下町的発想なのかもしれませんね。
あと妹しかいなかったというのもありましたし、かわいそうだし継がせても・・・
親不孝になっちゃいけないなあと思いましたね。

★お店に入られても昔からの人とかもいますよね。
ここで育ちましたからね、ここで三輪車走りまわしていました。古い板前さんと一緒に育っていました。
高校入ってからはバイトしてましたね。柳川作ったり、色々です。
調理場に入りつつ本読んでいました。二宮金次郎です。洗い場もやりましたし、ねぎ切り、ごぼう切り、高校時代は甲子園を聞きながら一日中ささがけごぼう切りでした。アクがついて真っ黒になり手が動かなくなります。高校3年間やっていましたよ。受験校じゃなかったしね。

★一人前になるのに何年くらいかかるもんなんですか?
うーん、長年やられてるうなぎの職人さんにいきなりやれっていっても、うまくさけない人もいますしねえ。

★うなぎと違うんですか?
違いますね。包丁も少し違うし、さき方は基本的にうなぎと同じですが、やっぱり割く量が違いますね。何百、何千匹、うなぎなら10本〜100本やっておしまいですけど、そうじゃないですからね。一日中、朝から晩までやってる。

「ぬき」は発想の転換
★そうか、大きさが違いますものね。そう言えば開きのどうじょう鍋、いわゆる「ぬき」を初めてやられたのは伊せ喜さんなんですよね?
そうですね。まあ発想の転換ですね。
昔はまるごと煮込む「まる」しかやらなかった。でも、まるごと食べられないって意見を聞いて、どじょうが苦手な方に、初めての方でも女性、子供でもとっつきやすい料理として、柳川のように鍋もぬいてみようかなと思ったんですね。
もっとも、発想的には新しい料理をというよりも、どじょうに対する距離感に危機みたいのを30年代にすでに感じてたんじゃないでしょうか。
ただ、江戸時代にもあったという話なんて聞いたこともありますけどね。

★ところで伊せ喜さんって、将棋業界と深く関係あるって聞いたことがあるんですが…
祖父が道楽で将棋を結構やっていて、一応、最高位までいきまいしたからね。8段、死んだときはね。今は私は全然。オセロが限界ですから。
祖母の葬儀の時なんか、まあ今の中原さんから、なにからみんな来ましたよ。受付まで一流の将棋指しがやってたんですから。
お店も昔はよく来てましたよ。林葉直子さんなんかも中学生の時に来てましたね。
将棋ファンなんかもね。講談師の先代の宝井馬琴さんも将棋が好きでよく来てて、厨房へ入ってきて、「ねえやろうよ、ぼっちゃん。やらない?」なんてね。もう亡くなりましたけど、あの方はいい人でしたね。

3.リベラルな町
★下町探偵団なので、下町の話をすこし。
消防規制で瓦屋根が消えたじゃないですか。住んでる人は同じなんだけどビル化しちゃったでしょ。見えないもん花火。昔はうちの前からみえたのに。道路の真中に出てもみえない。
都市の機構の問題じゃないけど、町の雰囲気変わってきてる気はしますね。
今って下町っていろんな所にできちゃって、山の手の方だって下町ってたくさんあるもんね。何をもって下町とするのかねえ。
また無理やり、イベントで下町を演出しなきゃならなくなってきてる。演出するもんじゃないじゃないですか、下町なんて。

★昔とはだいぶ変わりました?
祭りにしても、参加する人と参加しなかったりして、やりにくい感じはありますよね。
でも、うちなんか最近お葬式を何回もだしているからもう思い知りましたけど、下町って町内会ってつながりがあるでしょ。
老舗だろうがなんだろうが、何年続くかろうが町内会の一員で、下町ってリべラルな関係ですよね。
私なんて町会の人に頭あがらないし、教えてくださいって言うほうですからね。

★下町のよさっていうか、好きなところありますか?
ざっくばらんなところかなあ。社会地位は関係ないみたいなところがある。同じ下町の住民だったら対等とかってことじゃないかと思いますけどね。

★最後に座右の名ってありますか?
ないなあ。特にないですね。
父が癌で亡くなった時、「古きよき時代は終わった」って言ってましたっけ。あーなるほどなって、これは肝に銘じていますね。


取材の後、「せっかくだからお昼でも食べていきなよ」との家室さんのお誘い。お言葉に甘えてご馳走になりました。久しぶりに口にした「伊せ喜」の料理は改めて味わってみると、身近な味に感じます。
話の節々にやさしさがかいまみられる家室さんに、しゃいで粋な下町っ子を見た気がした取材でした。
※2005年2月収録
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