| 間宮林蔵は、茨城県の出身で幕府役人となり、享和元年(1801)伊能忠敬の北海道探検に随行し測量術を学びました。文化5年(1808)樺太探検、翌年、沿海洲にはいり、黒竜江をさかのぼり、デレンに達し、ひきかえしました。そのとき、間宮海峡(タタール海峡)を発見し、世界の地理学者の知るところとなりました。著書に「東韃紀行」「北蝦夷図説」などがあります。晩年は、深川蛤町(門前伸町付近)に住み、弘化元年(1844)2月26日、65歳で没し、本立院(平野1丁目)に葬られました。本立院と林蔵の墓は離れていて、本立院には林蔵の碑が建っています。 |
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