江東活學大學

第8回

<プロフィール>
公園遊具の設計・販売「(株)丸山製作所」専務取締役。(社)日本公園施設業協会 技術副委員長。PSN(PlaygroundSafetyNetwork)スタッフ。亀戸在住。一女の父。1965年生まれ。
『公園遊具:
お滑り台からの正しい
落っこち方教えます』
丸山 智正さん

講演

●子供の事故の実態●
「公園の遊具からの落っこち方教えます」というテーマですが、もちろん、実際に落っこちてもらっては困ります(笑)。実は、日本には長い間公園の遊具に関する公の安全規準というものがありませんでした。ようやく、昨年 社団法人日本公園施設業協会から遊具の安全規準が一般公開されまして、国もそれをバックアップする形で動き始めたところです。今日は子供の事故予防をキーワードとして話を進めていきたいと思います。
子供の事故予防は遊び場だけではなくて、今、社会全体の問題となっております。戦後は病気による多くの幼い命が失われた時期があったのですが、抗生物質やワクチンの開発、衛生状態や栄養状態の改善など、母子対策の推進によって病気による子供の死亡率は低下しました。
子どもの死亡原因を見ますと(厚生省は0歳から14歳までを子供としている)不慮の事故がトップなのですね。これは、日本だけではなく先進国すべて同じです。先進国ではどのくらい子供が事故で亡くなっているかという統計(2001年UNICEF発表)ですが、先進26カ国中、一番少ないのはスェーデンで、5.2人(人口比10万人中)。日本は中くらいの位置で8.4人です。最下位は韓国で25.6人。アメリカは23位で14.1人です。アメリカの場合は銃や麻薬といった大きな社会問題があります。子供の虐待を含めてアメリカは頑張ってなくそうとしていますがあまりよくありません。
では日本は少ないかというと決してそうではありません。近年の児童虐待の増加、親子・家族間の心理問題の拡大、小児救命救急の専門医が少ない、緊急医療体制が不十分など、様々な問題を抱えており、死亡率は上昇傾向にあります。実際、子供が心肺停止や脳に重大なダメージを負う傷害を受けた場合、残念ながらその生存率(救命率)は低いのです。ですから、子供をそのような重度の障害を受ける事故から守るということが大切なのです。
ご承知の通り、出生率は年々低下しております。この状況で死亡率が上昇傾向にあるということは、さらに日本の人口の減少に拍車をかけてしまうのではないかと懸念します。次に問題なのは、子供の死亡原因のトップが不慮の事故であるという状況が40年以上続いているということです。

ここで問題にしなければならないのは事故を予防しようとする大人の意識の問題の低さです。今までの日本式の考え方では事故は起こらないものだと、できたら起こって欲しくないことですから、起こってから考えようと。そして事故がおきてしまうと、これはまれなケースだから今後は起きないだろう、ということで済ませてしまってきています。
これからはこの様な消極的な考えではなく、欧米式に常に事故は起こるものと考えて予防していかなければならないと思います。
家の中でも事故は多いです。バケツの水でも溺死します。親御さんがどのように注意していても事故はなくならない。小児救急医療が充実していないことを考えると、親のスキルとして人工呼吸や心肺蘇生法など分かっていないと、救急車の到着をただ待っていては自分の子供の命は救えないということになります。
ビデオと冊子で心肺蘇生の方法を書いたものも参考に持って来ました。
一つ覚えておいて頂きたいのは8歳を境に心肺蘇生法が大人と子供で変わります。脳への酸素の送り方とかも違ってきます。機会が有ればご覧ください。

確かに、遊び場での遊具による事故は、自動車事故に比べれば少ないです。事故のトップは自動車事故です。イギリスでは1980年代、子供が遊具から落下して死亡する事故があってマスコミが騒ぎました。結果、遊び場は危険な場所ということで、多くの遊具が撤去され、遊び場が閉鎖されてしまった時期がありました。同時期に米国では、ブランコで怪我した子供が、裁判をして七億勝ちとったという例があったように、多額の賠償金請求が公園の管理予算を圧迫し、管理不能に陥ることもありました。また提訴をおそれて多くの遊具がやはり撤去されてしまったのです。その結果どうなったかというと、遊び場を失った子供たちは、さらに危険な場所で遊んだりするようになり、トータルとしては子供の事故は減らなかったんです。

●子供の冒険心を育てつつ●
それで、この頃から欧米では国家レベルで、きちんと安全基準を作る方向に行きました。今から20年前です。ヨーロッパは初めから国家規格でした。アメリカでは始めは消費者団体が作りました。日本では遅れること20年、昨年(2002年)国土交通省がガイドラインを発行しました。安全という問題はきりが無いのですが、日本として"遊び"に対する考え方や重要性がこのガイドラインでは示され、それを受けて遊具メーカー等で組織される業界団体である(社)日本公園施設業協会(以下 JPFAとする)から安全規準(案)が出されました。この安全規準(案)の方は、遊具に関する寸法がかなり細かく決められています。実はこの安全規準は一朝一夕でできたものではありません。それこそ10年以上前からJPFAでは自主的に研究をし、数年前から自主的な内部規準として運用してきたものを最近の社会事情等を考慮して改訂したものなのです。従来は、様々な責任問題、規制緩和に逆行するなどの意見が多く、一般公開などできませんでした。
きっかけは箱型ブランコ裁判です。新聞等でご存知かと思います。
余談ですが、箱ブランコ以前も、過去いろいろな重大事故が起きてあっさりと公園から姿を消した遊具があるんです。遊動木とか回旋塔とか。ところが箱型ブランコは擁護の声が多かったんです。良い遊具だから残して欲しいと。小さい子が親と一緒に乗れる、障害を持ったお子さんも乗れる。それで残されていたんですね。ところが94年頃から毎年のようにお子さんが亡くなる事故が相次ぎました。
パターンとしては後ろから押していたり、立ち漕ぎをしていて、バランスを崩して倒れこんでブランコ本体と地面との隙間に頭や体が挟み込まれます。通常子供4人乗りで200kg以上の鉄の塊が動いていることになります。加速がついてくると大人の力でも止めることはできません。
従来、遊具をめぐる事故の多くは、「通常の遊び方を逸脱した子供の側に責任がある」とされてきました。箱ブランコ裁判の判決では、「子供が冒険やチャレンジを求め大人の予期しない、想像を超える遊び方をすることは自然な行為である」ことを認め、その一方で
「万一事故が起きた場合に死亡や障害が残る重大な事故を引き起こすような遊具の設計・構造・配置や維持管理上の欠陥に対する製造や管理の責任」が問われたのです。
ここで誤解していけないのは、遊び場の遊具で起こる全ての危険や事故を無くそうとすることは無意味なことで、遊具を全て撤去しない限り不可能です。

●リスクとハザード●
我々はリスクとハザードという言葉を使っていますが、リスクは分かり易くいえば"善玉の危険"となります。子供が遊びを通して、より上手に、より早く、より高くやろうとすることは成長上欠かせないことですが、積極的にチャレンジしようとすればするほどリスクは高くなります。時には失敗して、小さなケガをすることがあるかもしれませんが、それは残さなければなりません。小さなケガの経験は、大きなケガの予防のために必要なのです。成長をしていくときに危険を体験しないと危険回避能力や心身の発達に伴う能力を獲得できない。1回、2回は失敗しても3回目で出来たというような達成感も重要です。そして、1回の失敗で重傷を負ったり、命を落とすような原因となる危険をハザードといっております。ハザードというのは"悪玉の危険"となります。壊れている遊具、露出したコンクリートの塊などですね。残念ながら多いです。我々が安全と言っているのはリスクは適切にコントロールしてハザードは除去しようという事です。
ハザードを分類すると物的ハザードと人的ハザードとの2種類があります。
物的ハザードは、遊具そのものや設置環境に関連するものです。
事故の部位の統計がありますが、重大事故の場合、欧米などは圧倒的に頭が多いですが、日本の場合は首、窒息が多いです。衣服、マフラー、鞄の紐などを首に絡めてしまう事故が多く発生しています。ですから、そのようなものが引っ掛かったり、絡まったり、挟まるような、隙間や部位は改善しなければなりません。(写真の解説は一部省略)基礎コンクリートの露出も問題です。周りが掘れてしまって段差ができてますね。それにつまづく、よろけて転んだ先に基礎のコンクリートがあったら大変危険です。

人的ハザードというのは、利用する方々にも注意をお願いしなければならないものです。いくら製品や環境を安全にしても、不適切な利用をされては事故はなくなりません。遊び方を規制することはなるべくしたくはありませんが、最低限のルールは守っていただきたい。また遊ぶときの子供の服装や持ち物にも注意をしてください。ひも付き、フード付きの服や、カバンや水筒(ペットボトル)を首にかけたまま遊ぶのは危険です。
事故の形態は、衝突・転倒・挟み込み・落下です。そして重大事故は同じようなパターンで発生しているのも事実です。過去の事故事例を教訓として、物的、人的ハザードに注意をして事故予防に役立てて下さい。

日本における遊具の事故の統計では、75%が転落、落下による事故となっており、器具別では50%がブランコ(箱ブランコ含む)となっております。ブランコが子供に人気のあるのも事実です。子供が最初に感じる快感がブランコの揺れによる眩暈感なのです。事故の統計をみてブランコは危険だから無くそうとするのではなく、大人がより注意をはらって遊ばせることが重要です。特に幼児の場合は、親がその遊具に乗せる前に、使用前点検をするくらい必要では無いでしょうか。最近は公園など公共の遊び場が事故だけではなく、事件(犯罪)の場にもなっております。この点も欧米なみに、知らない人についていかないという教育も自己防衛のためには必要だと思います。

●各国の事情●
★ヨーロッパの方は遊びに対してリスクを優先させる。この遊具は危ないのではないかというものも、条件をつけて置いています。
★アメリカのブランコはスペースが広い。2歳から5歳、5歳から12歳と遊具が分けてある。大人が乗るなんてもってのほか。アメリカは裁判が多かったから、街工場ではやっていかれなくなって資本力のある大手のプラスチックメーカーやゴム系メーカーしか残らなくなった。数社しかないから遊具は同じような格好をしている。
★香港はアメリカの基準を使っている。高所得者層が住んでいる近くの公園は監視カメラが設定されている。幼児用ブランコに10歳くらいの子が乗ろうとしたが、監視員が飛んできて阻止した。救急員もいて傷の手当てをしてくれる。親が見守るための場所もある。
★ロンドン王立公園は掃除のおじさんが毎朝遊具を点検している。子どもを同伴していない大人は入ってはいけないと書いてある。無断で写真を撮っていると変質者扱いです。

●まとめ●
ロンドンでの事例:4歳くらいの女の子が二メートルくらいの高さのお滑り台に乗った。上で怖くて泣き出した。お母さんは早く降りてきなさい。女の子は泣く。20分くらい根競べをしていたが女の子は泣きながら滑ってきた。お母さんは受け止めてよくできたと誉めた。その女の子は次からはできるようになる。日本で同じようなケースがありました、子供が泣いたからお母さんが手を添えて降ろそうとした。支えきれずに落とした。
今日のテーマ、落っことし方ですが、落としてはいけないですが、親の考え方も少し改める必要はあるかと思います。カナダの人に言われたことですが、小学校になると武道をやっている子の怪我は圧倒的に少ないといいます。日本は相撲や柔道の国ですが、その辺りももう一回考え直して怪我の防止などに取り組んでもらいたい。安全は大事ですが、その結果つまらない遊具ばかりでは本当につまらないです。
今、大人の遊具なども作っています。当社の屋上に常設をしておりますのでどうぞご覧ください。江東区に働きかけていますがまだ受け入れ先が無いですね。それと大人使用ですから子供が使用すると危険な場合がありまして。今後の課題です。

質問コーナー

Q:丸山さんからみてここがお勧め公園というところはありますか?
東陽町公園です。こんなにいい滑り台(落ち台)がある。下町の子供たちはここで度胸試しなどをやっています。先日ちょっと事故があって安全対策がされました。日本の現状では、重大事故が起きたら残念ながら撤去ということになってしまうでしょう。撤去してほしくないなら、大人が子供をよく見守って、重大事故を予防してほしい。そして大人も遊んで欲しいと思いますね。

(2003年4月10日収録)要約文責:室井朝子